第一話:興味の持てない女

 土曜日の朝の渋谷が好きだ。青みがかった透明な空気。道路に寝そべる若者。その脇を気にもとめず歩いていく人たち。夜にあれだけいた人はどこに行ってしまったのだろう。きっと皆家に帰ったんだろう。今ここにいるのは、ほとんどがあぶれた人たちだ。

 私は、道玄坂で男と別れたあと、センター街のカラオケで、ぼんやりとモニターを眺めていた。

 名前も知らないアイドルが画面の中で談笑している。この世の中は、興味のないもので溢れている。きっと世の中の人も私に興味なんて持っていない。昨日抱かれた男もきっとそうだ。当たり障りのない会話をして、いつも気づいたらベッドの中にいる。お互い、本当の名前も知らない。それでいいと思った。そんな関係が心地よかった。

 ――いつからだろうか。ふと、そんなことを考えてみる。いつから、こんな気持ちを抱くようになったのだろうか。昔は目立ちたがりで、人から注目されたがっていたはず。それがいつからこんな、道端の雑草より注目されたくないなんて……そんな気持ちを。

 会社で私のほうが評価が良くて、男の子から妬まれたこと。大学生時代に空気が読めないって噂されていたのを知ったこと。中学生の時にナンパされたことが知られて、ハブられたこと。ぼんやりと記憶を辿っていくけど、じんわりと嫌な気持ちになるだけで、きっかけにたどり着けない。――ズズっと、ストローが空気を吸った。

 私も家に帰らないと。考えるのはやめにしよう。家に帰ればまた日常が始まる。

「あれ、サトウさん、お弁当だったけ」

 月曜日の昼休憩の時間、食堂で目の前に座った後輩のお弁当がふと目に入って、思わず声をかけてしまった。

「やだ、先輩ったらあ。昨年からですよお。もう半年近く頑張ってますよ、わたし」

「そうだったかな……」

 あなたのことなんて、大して興味ないから気づかなかった、なんて言えるはずもなく。私の箸は黙々と食堂の定食をつまむ。後輩のお弁当を横目に見る。女の子らしいカラフルなおかずがきれいに詰められていた。

「あ、先輩お弁当気になりますかあ。今日のは自信作なんですよお」

 後輩が私の目線に気づいて、自慢げにおかずの説明をし始める。語尾を伸ばしてしゃべる癖のある後輩の話に適当に相槌を打ちながら、定食をつまむ手は止めなかった。全体的に茶色い。でも私の好きな味だ。見た目に華やかさはないが、おいしかった。この定食と比べてしまうと、後輩のお弁当は見せる用の食事だと感じてしまう。

 後輩の話が一段落したようなので、マナーとして一言声をかける。

「そんなにきれいにお弁当作ってすごいね」

 すると後輩は嬉しそうに笑いながら、「まあ、花嫁修業みたいなものですかねえ」と答えた。

「そんなお弁当作れたらすぐにでもお嫁さんにもらいたいって人、いるんじゃない?」

「それがあ、全然彼氏できなくてえ。特にここの会社の男の人! みんな見る目なくってえ、失礼しちゃいますよねえ」

 自信に満ち溢れた返答だった。

「わたしは先輩みたいにいつもきりっとパンツスタイルでまとめてるのもモテそう! って思っちゃうけどなあ。キャリアウーマンって感じで素敵ですよねえ。先輩こそ、彼氏いないんですかあ?」

 思わぬ反撃に面食らいながらも、少し間をおいて返した。

「私も彼氏、全然だよ」

 仕事終わりにスマホを見ると、ユキからラインが入っていた。

 ――今日、会えないかな。

 ユキからの連絡はいつも急だった。でも私の心はいつでも踊った。急いでトイレに駆け込んで、メイクが崩れていないか確認する。そして、はやる気持ちで返信を打った。

 ――会えるよ。何時から?

 ユキからの返信は遅いから、私は返信を打ったあと、上野に向かう。ユキと会うのはいつも鶯谷だから、上野で夕食を食べて返信を待つのだ。

 夕飯は何を食べよう。してる時にお腹がなったら困るから、軽めのものにしよう……。駅に向かう途中、電車に乗っている間、ご飯を食べている間。私は常にそわそわとスマホを気にしていた。

 ずいぶん時間をかけて食べていた夕飯のサンドイッチ。食べ終わる頃、ユキから返信が届いた。

 ――遅くなってごめん。今日も鶯谷で。時間は8時で良いよね。

 ずいぶん一方的なラインだと思う。でも、私の指はするすると返信を打つのだった。

 ――いいよ、大丈夫。

 鶯谷の北口を出ると、ユキの方が先に着いていた。ずっと待っていたのは私の方なのに、なぜだか申し訳ない気分になる。

 ユキは私を見つけると手を振った。思わず小走りになる。

「遅くなってごめんね」

「いや、急に連絡したのは俺の方だしさ。それじゃあ……」

 ――行こうか。そう言ってユキが私の肩を抱いた。

(第二話へ続く)